東京高等裁判所 昭和47年(人ナ)3号 判決
請求者 甲野花子(仮名)
被拘束者 甲野月子
拘束者 甲野太郎
〔抄 録〕
三 そこで、本件において拘束者の被拘束者拘束の違法性について判断する。
請求者ならびに拘束者は、両者間の夫婦関係が破綻するに至った有責原因が互いに相手方にあるとして詳細な事実を主張しているのであるが、その責任がいずれの側にあるかは、本件において顕われた疎明のみではにわかにその黒白を判定しがたく、それはいずれ両者間の離婚訴訟において綿密な証拠調の結果判定されるべきものである。また、請求者ならびに拘束者は、過去両度にわたり被拘束者を互いに奪い合っているのであるが、いずれも暴力による奪取行為であるとして相手方を批難している。しかし、このような夫婦関係破綻の責任を追求し、過去における夫婦間の子供の奪い合いの際の違法行為の有無を審求することは、もっぱら子供の現在および将来の幸福を主眼としてその当否を決すべき人身保護請求においては、さほどの意味はないというべきである。ところで証拠によれば、請求者は、昭和〇〇年〇月以降被拘束者を連れて〇〇市の肩書地に移住してからは、夜間被拘束者を知人に預けホステスとして働き、生計をたてていたこと、従って被拘束者に対する監護も多少不行届の点があったこと、しかし、本件請求が認容され被拘束者を取り戻すことができたならば、実家である〇〇市の〇〇〇〇方に帰り、父の知人である〇〇〇〇の経営する時計店に勤務して生計を立てる予定であり、父および右〇〇もほぼこれを承諾しているが、その収入その他の勤務条件については未定であることが認められ、他方証拠によれば、拘束者、被拘束者およびその母は〇〇市の拘束者肩書地に居住し、拘束者は現在〇〇市において写真新聞関係の仕事に従事し、月収約一五万円程度を得ており、その母は自宅において主として夜間英語塾を設け月収七万円程の収入があり、ほぼ安定した生活をしており、主として右とよが被拘束者の面倒をみていることが認められる。
請求者ならびに拘束者は、互いに相手方に性格的な欠陥があるというが、本件に顕われた疎明によっては、ただちにこれを肯認することはできない。
右認定の事実からしては、本件において被拘束者の監護―それはいずれ離婚訴訟の判決によって恒久的に監護権者が決定されるまでの暫定的措置であるにせよ―を請求者、拘束者の何れに委ねるのが被拘束者の幸福であるかは、にわかに決しがたいものがある。なるほど一般論としては幼児は生母の下で監護されることが好ましく、職をもつ父親の下では行き届いた世話が期待できないといえようが、本件においては、拘束者の母の協力により、拘束者の手元における被拘束者の養育に特段の支障は認められない。
証拠によれば拘束者は被拘束者を熱愛し監護に努めようとしていることが認められるのでかかる拘束者を目して不法の拘束をなす者とすることは、請求者における同様の心情を考慮しても、これを肯認することはできない。これを要するに、本件においては、被拘束者の監護を請求者、拘束者のいずれにさせるべきかを決すべき緊急の必要性がむしろないというのが相当であると考える。
四 よって、本件拘束は、人身保護規則四条にいう拘束の違法性が顕著であるとの疎明が十分でないから、人身保護法一六条を適用して、主文のとおり判決する。
(菅野 渡辺 小池)